働き手の不足はあらゆる産業に影響を及ぼしていますが、一般人が人手不足を感じにくいところでも影響がでています。自衛隊です。
自衛隊といえば日本の平和と独立を守り、国の安全を保つために設置された部隊です。また自衛隊員は特別職の国家公務員です。その自衛隊が人手不足ではないか、と言われています。
本記事では、自衛隊が本当に人手不足なのか、なぜ人手不足なのか、という点について解説していきます。合わせて、国(防衛省・自衛隊)の人手不足への対応状況も、合わせて解説します。
記事の内容
- 自衛隊の人手不足について:人員数は?
- 将来的な自衛隊の人手不足
- 自衛隊は「士」が足らず、将来、人手不足に陥る可能性が高い
- 将来の動員数は増加?
- 予備自衛官も足りない
- 自衛隊の人手不足の要因
- 自衛官の定年が若いから?
- 志望する人が少ないから?
- 試験内容が難しいから?
- 給料が安いから?
- 口コミの検証
- 日本国の取り組み
- 募集・採用の強化
- 高齢人材の活用
- 勤務環境の改善と処遇の向上
- ワークライフバランスの推進
- 女性の活躍推進
- 自衛隊の人手不足について総括
自衛隊の人手不足について:人員数は?
まず、自衛隊員は何名くらいいて、現在の充足率はどれくらいなのでしょうか。防衛省のホームページに公開されている情報を確認します。
下記の表は、防衛省が公開している、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊と、総合幕僚本部など、各組織別の現状の人員数と、定員の充足率の表です。
全体でも92.0%の充足率となっていることが分かります。
92%の充足率が、どれくらいの人手不足なのか、わかりにくいと思いますので、次に、単純な人員数だけではなく、将来的に起こり得ること(有事や災害)を想定すると、足るのか足らないのかという考察を行います。
将来的な自衛隊の人手不足
本章では、現状の単純な人員数だけではなく、将来的な観点をもって自衛隊の人手不足の考察を行います。そのため、下記3つのデータに基づき、考察を行います。
考察の結果、将来、動員機会や動員規模が多く大きくなる可能性と、予備自衛官の充足率を踏まえると、自衛隊の人手不足が明らかになってきました。
- 自衛隊階級別の人員構成
- 有事・災害の発生件数
- 予備自衛官の充足率
自衛隊は「士」が足らず、将来、人手不足に陥る可能性が高い
下記の防衛省が公開している下記のデータによると、自衛隊階級の中で、「士」の充足率が77%と、他の階級に比べ、明らかに充足率が低い現状です。
このことから、一番下の階級が、一番充足していないということは、将来、人手不足に陥る可能性があります。
なぜなら、災害現場で実際に救助にあたるのは「士」が中心となるため、「士」が充足されていないと、人手不足になるからです。
このように、階級別の充足率でみると、将来、人手不足に陥る可能性があります。
将来の動員数は増加?
自然災害発生件数は年々増加していること、平和安全法制によって活動範囲が広がる可能性があることを鑑みると、将来の自衛隊員の動員数は増加する可能性があるといえます。
まず、自然災害は言うまでもなく増加傾向にあります。下記のグラフは中小企業庁が公開しているデータです。年を追うごとに増加していることが分かります。
このことから、自衛隊の自然災害への対応機会が増えてくることにより、動員機会が増加される可能性があります。
また2015年に改正された平和安保法制ですが、下記、内閣官房の公開資料にあるとおり、安全保障にかかわる事項が拡充、新設されています。
このことから、ますます複雑化する国際関係によって、自衛隊の出番は増えてくる可能性があり、合わせて動員機会も増えてくる可能性があります。
予備自衛官も足りない
有事の際、動員規模に応じて臨時に招集される予備自衛官についても、定員割れが起こっており、その点からも自衛隊員の人手不足が伺えます。
なぜなら、大規模な動員を必要とされる有事において、予備自衛官は重要な役割を果たす存在で、もし予備自衛官が足らないのであれば、有事への対応が人手不足によって難しくなるからです。
平時の必要人員数と、有事発生の際の必要動員数は大きく違います。有事発生の際の必要な動員数を、平時からもっておくのは非効率であるため、多くの国において「予備」をもっています。
日本においても、「予備自衛官」が存在します。下記の表は、自衛隊の活動を伝える安保、防衛問題の専門誌、朝雲新聞社が公開している、予備自衛官の充足率です。
過去、自衛官として勤務した経験があり、自衛官退職後1年未満の人たちで、有事の際、現職自衛官とともに第一線に配備される「即応予備自衛官」と、元自衛官で退職後1年以上経過している人たち、または予備自衛官補としての所定の訓練を経た人たちで構成され、有事の際、主に後方支援の任務にあたる「予備自衛官」ともに、定員を大きく割っていることが分かります。
このことから、予備自衛官についても、自衛隊員の人手不足が伺えます。
引用:中小企業庁 我が国における自然災害の発生状況
引用:内閣官房 平和安全法制の概要
参考:陸上自衛隊 予備自衛官制度
引用:朝雲新聞社 自衛官等の定員と員数
自衛隊の人手不足の要因
では、なぜ自衛隊員は定員に対して充足していないのでしょうか。
本章では、自衛隊の人手不足の要因としてよく候補にあがる内容について、ひとつひとつ検証してきたいと思います。
具体的には、下記の内容について検証していきます。
検証の結果、定年や任期制が、人員を一定数保持したうえで、増加させることが難しくしている要因であることが分かりました。また、応募人数に比べて採用人数が少ないことも、人手不足の要因であると考えられます。
- 定点が若いから?
- 志望する人が少ないから?
- 試験が難しいから?
- 給料が安いから
- 口コミの検証
自衛官の定年が若いから?
自衛官の定年が若いから、人手不足であるという論拠は、人員数を一定保持したうえで、増加に転じることが難しいという観点からは、確かにそのとおりです。
陸上自衛隊の「退職自衛官雇用ガイド」によると、自衛官は精強性を維持する必要から、一般企業より早い時期に退職を迎える、とのことです。
- 自衛官の大半が若年定年制で50歳代半ばで退職
- 任期制では、主に20~30歳代半ばで退職
なお、2020年から防衛省では段階的に定年の年齢を引き上げていく措置がとられています。それでも、一般企業などと比較すると、定年の年齢は若いと言えます。
このように、50代半ばで定年退職する人が一定数存在することから、人手不足の要因になっていると言えます。一方、他の産業と同じく定年延長することがよいかどうかは、議論が必要だと思います。
志望する人が少ないから?
自衛官を志望する人が少ないから、人手不足である、というのは数字だけを見てみると、論拠として弱いと言えます。
なぜなら、令和元年の防衛白書に掲載されている、平成30年度の自衛官の応募および採用状況をみると、採用者数に対して応募数は多いからです。
このように、採用倍率の高さ、すなわち採用ハードルの高さが採用人数につながっていると言えます。
試験内容が難しいから?
前節で述べたように、採用のハードルが高いことは、人手不足の要因となっている可能性があります。しかし、相対的に試験内容が難しいから採用人数が少ない、とは一概には言えません。
なぜなら、自衛官募集のホームページに掲載されている、自衛官候補生の試験内容を見てみると、そんなに難易度は高く見えないからです。学校での勉強から遠ざかっている人は、何らしかの対策は必要かもしれませんが、少なくとも筆記試験のハードルがとても高い、ということではなさそうです。
一口に自衛官といっても、試験の難易度の高い順では、大卒の幹部候補生、次に曹候補士、一番難易度が低いのが自衛官候補生となっています。
面接などが、独特の面接でハードルが高い可能性もありますが、きちんと準備すれば、合格の可能性は高まるでしょう。
このように、募集人数から採用人数を見ると難易度が高そうですが、試験の難易度が、他の資格や一般企業の入社試験に比べてとても難易度が高い、とは言えません。
給料が安いから?
自衛官の給料が安いから、人手不足の要因となっている、ということはありません。
なぜなら、給与金額そのものと、手厚い福利厚生から、自衛官の給料が他産業に比べて相対的に安いとは言えないからです。
参考までに、自衛隊札幌地方協力本部にわかりやすい資料がありましたので下記に引用します。まずは自衛官候補生の給与金額初任給と、地方公務員との比較です。
他の公務員と比べて遜色がないことが伺えます。
また、同じく自衛隊札幌地方協力本部の資料ですが、生活費がかからないことをアピールしている資料です。
食事や家賃、水道光熱費などの費用が無料になるため生活に余裕がありそうです。
このように、決して給料が安いとはいえません。
口コミの検証
企業に関する社員クチコミ情報を提供するOpenWorkでは、陸上自衛隊、海上自衛隊の隊員の退職検討理由が掲載されています。
退職検討理由を見ると、下記3つのポイントがありました。
- 自衛隊特有の全国転勤、長時間労働
- 任期制の隊員は任期が近づいてきたから
- 個人の働く動機を組織でかなえるのが難しい組織特性
「個人の働く動機を組織でかなえるのが難しい組織特性」とは、働き方や専門性について、個人の意思ではなく、国、もっと言えば国防そのものが優先されるということです。これは自衛隊の特質上、仕方のないことだと言えます。
参考:陸上自衛隊 退職自衛官雇用ガイド
引用:令和元年防衛白書 資料56 自衛官などの応募及び採用状況
参考:自衛官募集 過去の採用試験問題
参考:OpenWork
日本国の取り組み
令和2年の防衛白書に掲載されている、自衛官の人手不足に対する国の取りくみについて、解説します。
- 募集・採用の強化
- 高齢人材の活用
- 勤務環境の改善と処遇の向上
- ワークライフバランスの推進
- 女性の活躍推進
募集・採用の強化
防衛省では、自衛官募集・採用をさらに強化しようとしています。
なぜなら、本記事でもこれまで説明してきたように、社会的・国家的要請は増えつつあるのに、自衛官が人手不足傾向にあるからです。
具体的には、自衛官の採用年齢について、民間企業での勤務経験者など、より幅広い層から多様な人材を確保するため、2018年、一般曹候補生及び自衛官候補生の採用上限年齢を「27歳未満」から「33歳未満」に引き上げました。
このように、採用年齢を引き上げて、人手不足に対応しようとしているのです。
高齢人材の活用
防衛省は、自衛官の精強性にこだわりつつも、高齢人材の活用を図ろうとしています。
なぜなら、知識・技能・経験などを豊富に備えた人材が多いからです。
定点が段階的に引き上げられていることは、既に解説しましたが、定年退職後の再任用(定年か65歳まで可)を拡大していくようです。
このように、高齢人材を活用しつつ、人手不足に対応しようとしているのです。
勤務環境の改善と処遇の向上
勤務環境や処遇の向上にも取り組んでいます。
なぜなら、自衛官も民間企業につとめる会社員と同じく、勤務環境や処遇が、士気向上に重要だからです。
具体的には、特殊な任務に対する手当の改善、職場でもあり生活の場でもある、基地の設備などの改善などが行われています。
また功績を適切にたたえて、士気を向上させる取り組みも行われています。
このように、士気があがるような勤務環境の改善や処遇の改善によって、人手不足に対応しようとしているのです。
ワークライフバランスの推進
自衛隊も、ワークライフバランスを推進しています。
なぜなら、民間企業などと同様に、育児や介護などで時間的な制約がある隊員なども、働けるようにしないと、人手不足には対応できないからです。
具体的には、管理職員の意識変革のための研修、長時間労働の是正や休暇取得を推進しています。また、「防衛省における働き方改革推進のための取組コンテスト」を行っています。
さらには、防衛省の本省内部部局からテレワークに取り組み、対象機関を拡大しています。
このように、ワークライフバランスを推進させることで、人手不足に対応しようとしているのです。
女性の活躍推進
自衛隊も、女性の活躍を推進しています。
なぜなら、これまでの均質性を重視した人的組成を脱却しないと、人手不足には対応できないからです。
具体的には、目標をもって女性自衛官の採用を拡充すること、さらなる機会均等をめざすとしています。また、2019年には女性自衛官初のイージス艦艦長も誕生しています。
このように、女性活躍を推進させることで、人手不足に対応しようとしているのです。
参考:令和2年版 防衛白書
自衛隊の人手不足について総括
自衛隊は、将来にわたって人手不足傾向にあることは間違いありません。国防を担う重責から、今まで精強性にこだわり、均質性を重視して組織をつくってきました。
そのことが、今日の少子高齢化の日本において、人手不足を招いた要因となっていることは間違いありません。
防衛省も、変革が必要だということを自覚し、民間企業並みに対策を講じています。
多様な人材と組織力をいかした運営と、働き方改革による人材の活用・定着が、今後、一層期待されるでしょう。