日本では、少子高齢化によって生産年齢人口が減少し、さまざまな職場が人手不足に陥っていると言われています。
確かに、日本全体で見れば、コロナ渦で景気が停滞しているとはいえ、働く人手は不足しています。特に中小企業では人手不足が深刻な状態にあるといわれています。
一方、職を失ってもなかなか再就職ができない人や、一部大企業で実施されているようなリストラクチャリングによる人員削減など、「本当に人手不足?」と思われることも、同時に起こっています。
本記事では、人手不足の現状と、これからの見通しについて考察します。併せて中小企業の人手不足の実態について、中小企業庁のデータを活用し解説します。
中小企業の人手不足は嘘ではないが・
すべての職場が、等しく人手不足の状態にあるわけではありません。
確かに、日本全体でみれば人手不足の傾向にありますが、業種や職種によって人手不足感に大きく差異があります。また、将来にわたってその傾向が続くわけではなく、働き方改革や技術改革の影響を受けて、変化する可能性があります。
以下の2つの項目について、考察します。
- 今、人手不足感のある業種や職種
- 今後の人手不足感の変化
今、人手不足感のある業種や職種は?
厚生労働省の最新のデータ(有効求人倍率)から、現時点で不足感のある職種は建築関係(建築・土木・測量技術者)や、介護関連職種です。
下記は、厚生労働省の職業安定業務統計(令和3年3月分)から、有効求人倍率の高い職業を抜粋したものです。
職種 | 有効求人倍率 |
建築・土木・測量技術者 | 5.28 |
介護サービスの職業 | 3.44 |
生活衛生サービスの職業 | 3.11 |
家庭生活支援サービスの職業 | 2.92 |
社会福祉の専門的職業 | 2.91 |
「生活衛生サービスの職業」とは理美容・クリーニングなどの職業です。「家庭生活支援サービスの職業」とは家事手伝い、介護・育児などの職業です。「社会福祉の専門的職業」とは福祉施設指導専門員や保育士などです。
このデータから、建築関係の業種、介護関係の業種では人手不足感が強いと言えます。
一方、一般事務職などは0.39と、有効求人倍率が低く、職を求める個人に対して求人が少ないことが分かります。
有効求人倍率とは、「求職者1人当たりにつき、何件の求人があるか」を表す数値で、ハローワークに登録している求職者数と求人数をもとに算出されます。
有効求人倍率が1倍を上回ると求職者よりも求人数のほうが多く、1倍を下回ると求人数より求職者のほうが多いことを示します。
つまり有効求人倍率が高いほど人手不足であり、低いほど充足しているという目安になります。
今後の人手不足感の変化
現在の人手不足感が強い産業や職種が、この先も人手不足感が維持されるわけではありません。
なぜなら、現在人手不足感が強い産業や職種が、将来的には人員余剰となる予測が、いくつかのシンクタンクの調査研究で発表されているからです。
パーソル総合研究所の調査研究によると、産業別にみた場合、建設業は2030年には余剰になる、という予測をしています。
三菱総研の調査研究によると、介護サービス関連の職種は、現在よりも人手不足感が緩和されると予測しています。
なぜ現在と将来で、このように差異が発生するのでしょうか。その答えは、「働き方改革」と「技術革新」です。特に三菱総研の予測では、マニュアルに従って行う仕事については、現在よりも需要が縮小する予測となっています。
中小企業の人手不足は嘘?真の実態
今まで日本全体での人手不足を解説してきました。次に、「中小企業は本当に人手不足なのか」について検証します。検証の結果、大企業よりも、従業員規模の小さい企業であればあるほど、人手不足だと分かりました。
検証するにあたって、中小企業庁がまとめているデータを引用し、数値の裏付けをとっていきたいと思います。以下のデータを一つずつ確認します。
- 従業員規模別の雇用者数
- 中小企業の過不足DIの推移
- 中小企業の求人数と就職希望者数の推移
- 中小企業の求人倍率の推移
- 大企業との比較
中小企業も人はほしい:従業員規模別の雇用者数
中小企業の雇用者数はゆるやかに増えています。
下記は中小企業庁が公開している、従業者規模別の非農林業雇用者数の推移を示したものです。
従業者規模30人未満の事業所の雇用者数は減少傾向で推移している一方、従業者規模100人以上の事業所の雇用者数は増加傾向で推移しています。
このように、本データからは中小企業の雇用意欲は旺盛であると言えます。
人手不足の実感:中小企業の過不足DIの推移
中小企業の経営者や人事担当者は、人手不足であると感じています。
下記も中小企業庁のデータで、中小企業の人手不足感について業種別に見たものです。DIと呼ばれる指数がマイナスとなっており、人手不足感が強いことが分かります。
DIとは、従業員の状況について、「過剰」と答えた企業の割合(%)から「不足」と答えた企業の割合(%)をひいたものです。マイナスになればなるほど不足していると答えた企業が多いということになります。
このように、中小企業は人手不足を感じているといえます。
採用の実態:中小企業の求人数と就職希望者数の推移
中小企業は求人数に対して、就職希望者が少ない状態です。
下記も中小企業庁のデータで、従業員299人以下の企業の、大卒予定者の求人数及び就職希望者数の推移です。求人数に対して就職希望者数が少ないことが分かります。
このように、必要数に対して充足できない現状が伺えます。
採用の実態:中小企業の求人倍率の推移
中小企業の求人倍率は高水準を維持しており、人手不足が伺えます。
下記も中小企業庁のデータで、従業員299人以下の企業の、求人倍率の推移です。高水準で推移していることが分かります。
このように、人材の獲得が難航していることが伺えます。
大企業との比較
大企業と比較して、中小企業のほうが人手不足です。
下記も中小企業庁のデータですが、企業の従業員規模別に、人材の未充足率を表したものです。従業員規模の小さい企業ほど人材の未充足率が高い状況が見て取れます。
このように、大企業と比べて中小企業の方が人手不足だといえます。
中小企業が人手不足に陥りやすいわけ
では、なぜ中小企業は人手不足に陥りやすいのでしょうか。代表的な理由を解説します。
- 業務範囲が広い
- 給料が安い
- 効率の悪い働き方
- じっくり育成する余裕がない
業務範囲が広い
中小企業では、大企業に比べて業務範囲が広いため、負担に感じる社員もいることで、人材の流出につながる可能性があります。
なぜなら、大企業ほど業務分掌できるほど仕組と人員が整っておらず、必然的にマルチなタスクを求められるからです。
例えば、大企業であれば人事でも採用部門と教育部門が分かれているケースがあります。しかし中小企業では、採用もやり教育も担当し、経理も担当するといった仕事の進め方になっているケースがあるのです。
このように、業務に特化してやりたい、自分の役割範囲を明確にしたい、と思っている人にとっては仕事の進め方が合わない可能性があり、そのことが負担となって人材の流出につながっています。
給料が安い
大企業に比べて、中小企業は給与が安く、人材を採用できない、定着しないことにつながっています。
下記のデータは、厚生労働省の令和元年賃金構造基本統計調査から、企業規模別の賃金の動向のデータです。大企業に比べて、中小企業は賃金が低いことが分かります。
このように、大企業との賃金格差が存在しているのです。
効率の悪い働き方
中小企業は、大企業に比べて仕事の進め方の効率が悪く、人材の流出につながっている可能性があります。
なぜなら、大手企業は、煩雑な業務などは自動化する流れがありますが、中小企業にはまだその流れがありません。受発注処理なども、かなりアナログな方法で処理しているのが現状です。
働き方改革の取り組みの遅れも、気になるところです。リモートワークできるようなインフラがなく、業務効率化をすすめようにも社内にノウハウがない状態です。
このように、生産性を上げるための取り組みが遅れてしまい、働く人の負担が減らなければ、人材の流出につながる可能性があります。
じっくり育成する余裕がない
中小企業は、大企業のように丁寧に研修などを行って育成するという余裕がなく、人材の流出につながっている可能性があります。
なぜなら、就職・転職で入社してきた人が、丁寧に指導してもらいたい、わからないことは教えてほしいと思っていると、その期待にこたえられない可能性があるからです。
ただでさえ現場は人手不足で、入社してくれた人材に丁寧に指導する時間がとれないことがあります。そうした状態が続くと、不安になって退職する、ということになりかねません。
このように、入社後の丁寧な育成ができないことにより、早期離職につながる可能性があるのです。
人手不足だから中小企業は採用されやすい、とは限らない
人手不足だから、中小企業は採用されやすいとは限りません。前章で説明したように、中小企業特有の事情から、マルチにできる人、即戦力となり得る人をのぞむ傾向もあるからです。
これから就職したい、転職したいと思っている人は、しっかりと準備して活動をすすめることが必要です。その理由を以下の観点で解説します。
- 中小企業も人をみる
- 積極的な自己PRを
- 大手企業社員の副業先は中小企業
心構え ①中小企業も人をみるのでしっかり準備する
当たり前ですが、企業の規模を問わず、企業の採用活動は人をしっかりと見極めて採用しようとします。
なぜなら、自社に貢献してくれる可能性があるかどうかは、企業の規模を問わず採用活動において主要な事項となっているからです。
また、前章で解説したように、中小企業は即戦力を求めます。丁寧に指導している時間も余裕もなく、できれば複数の業務を担当してほしいと思っている可能性が高いからです。
このように、中小企業だからハードルが低いと思うのではなく、ハードルが高いと思ったうえで準備する心構えが必要です。
②積極的な自己PRを
もし、中小企業に応募して面接をしてもらう機会があったら、積極的な自己PRが必要です。それは、「自分から働きかけて仕事を覚える、習得する」という自己PRです。
なぜなら、前章で解説したように、中小企業はじっくりと育成する時間や余裕がないからです。
一方、大企業と比較して、様々な業務を工夫して進める余地、さまざまな仕事が幅広くできる可能性があります。そのような環境を自分にとって有意義と思えるのであれば、強力な自己PRとなるでしょう。
このように、自ら積極的に周囲に働きかけて、早く戦力になるという気概をアピールすることが重要なのです。
③大手企業社員の副業先は中小企業
中小企業においては、正社員で採用する以外に、副業社員という形で安価に労働力を確保する動きがあり、これから中小企業で働こうとする人にとっては競合関係になる可能性があります。
なぜなら、さまざまな副業サービスが台頭していて、都心の大手企業の社員を地方の中小企業へ副業社員として活用することを提案しているものも複数存在しているからです。
まだ中小企業に浸透しているわけではありませんが、今後、労働力確保の選択肢になり得る可能性があります。
そのような事態になっても、価値を感じてもらえるように自己PR(さまざまな仕事を自分なりに会得し、いち早く会社にとって重要な戦力になる)できることが必要なのです。
中小企業の人手不足は嘘か誠かについて総括
本記事では、すべての職場が人手不足ではないということ、また中小企業の人手不足は大手企業に比べて深刻であるものの、だからといって採用されやすいとは限らないということを解説させていただきました。
就職や転職を取り巻く環境は近年、大きく変化しています。将来を見据えて、自分自身の働き方や能力開発の在り方を考えて、今どんな環境が自分にとって望ましいのかを、しっかり考える必要があります。
また、将来的に需要のある能力や経験は何か、ということも各種情報をもとに自分なりに考えていただければと思います。本記事がそのようなきっかけになれば幸いです。