日本では少子高齢化の構造上の問題から、労働人口の高齢化や減少によって、人手不足で困る職場が出てきています。
なかでも、農業は人手不足が顕著であるといっても過言ではありません。とはいえ、実家が農業でない限り、その実態や仕事の様子など、あまりご存じではない方も多いと思います。
本記事では、農業の人手不足の実態をデータで可視化しながら解説し、合わせて、なぜ人手不足なのか、雇用形態や初期投資の必要性など、理由について考察します。
また、国の対策の目玉でもある、新たな農業法人の参入やIT化の進展の実態から、これからの職場としての農業についても解説します。
農業の人手不足の実態
一体、日本の農業の人手不足の実態はどうなのか、農林水産省の最新のデータを参照しながら確認していくと、下記のことが分かりました。
- 農業従事者数は年々減少している
- 農業従事者の平均年齢は60歳を超える
- 新規就農者数も減少している
- 耕作放棄地が年々増加している
農業就業者数は年々減少している
農業従事者数は年々減少していることが分かりました。
下記の表は、農林水産省の最新のデータです。
平成27年と令和2年を比較すると、農業従事者数全体が減少していることが分かります。
農林水産省によると「基幹的農業従事者」とは、自営農業の世帯員のうち、ふだん仕事として主に自営農業に従事している人のことです。
農業従事者の平均年齢は60歳を超える
農業従事者の平均年齢は60歳を超え、労働力全体がかなり高齢化していることが分かりました。
同じく、農林水産省の最新のデータを見てみます。
先ほどと同じ表で確認します。一番下のデータは、基幹的農業従事者の平均年齢です。67.8歳と、かなりの高齢化が進んでいることが分かりました。
新規就農者数も減少している
新規就農者数も減少していることが分かりました。
下記の表は、同じく農林水産省の最新のデータです。
平成27年にかけて増加傾向で合ったものの、直近では減少していることが分かります。
農林水産省によると、「新規就農者」とは、自営農業の世帯員のうち、「学生」から「自営農業への従事が主」になった、あるいは「他に雇われて勤務が主」から「自営農業への従事が主」になった人のことです。
耕作放棄地が年々増加している
日本の耕地面積はだんだん減少しており、その背景には、人手不足などによる耕作放棄地が年々増加していることが分かりました。
少し古いデータですが、下記は農林水産省の統計に基づくグラフです。
棒グラフの左の括弧の中のhaが耕作放棄地の面積です。自給的農家や土地持ち非農家の耕作放棄地が増加しており、全体は年を追うごとに増えていることが分かります。
引用:農林水産省 農業労働力に関する統計
引用:農林水産省 耕作放棄地の動向
農業が人手不足である理由
今、高齢化が進む農業従事者に代わる、新たな若い人が就農しないと、なかなか人手不足は解決できません。では、なぜ新たに就農しようとしている人が少ないのでしょうか。理由として以下が考えられます。
- 農業の参入障壁の高さによる就農の困難さ
- 個人事業主であり会社員ではない
- 続けるのも難しい
- 新規就農者の収入の低さ
農業の参入障壁の高さによる就農の困難さ
新たに農業に就こうと思っても、最初のハードル(参入障壁)がとても高いため、断念することが多いのです。
なぜなら、農業で収入を得ようとすると、土地や機械・道具が必要になるからです。
例えば、新たに農業を始めようと思うと、土地が必要になりますが、この土地の確保が困難です。また農業機械や道具など、結構な初期投資が必要です。
また、毎月収穫できる、という作物でない限り、いきなり収入が発生することはありません。
このように、個人で農業をはじめて収入を得ようとするのは、かなりハードルが高いことなのです。
個人事業主であり会社員ではない
個人事業主であり会社員など、雇用される立場や安定性を欠くことも、就農を妨げる要因になっています。
実家が代々農家であれば、土地や機械なども、何とか融通できる可能性があります。しかし、そうでない人が個人で就農しようと思うと、一部の例外を除き、個人事業主として農業に従事することになります。
そのため、最初の土地や機械などの初期投資は、自己の責任で調達しなければなりません。
このように、雇用されず独立自営していくという働き方が、新たな就農者を増やすのを妨げている可能性があります。
続けるのも難しい
新規就農者が、農業を続けるのが難しく、離農することも人手不足の要因のひとつであると考えられます。
なぜなら、新規就農者が農業を継続できなければ、結局農業従事者全体の数は増えていかないからです。
国の対策として「農の雇用事業」を行っています。
採択された農業法人などを中心に、研修生を募集し、研修生として雇用しています。
総務省のデータによると、雇用された研修生のうち、平成24年度から平成27年12月までに離農した人は、全体の39%にのぼっており、農業を継続すること自体のハードルの高さが伺えます。
日本の全産業の離職率が15%前後で推移していますから、この数字だけを見ると、農業の離職率は高くみえます。
このように、新たに農業をはじめようとする人が、農業を継続できないことが人手不足の要因のひとつと考えられます。
新規就農者の収入の低さ
なぜ、新規就農者は農業を継続できないのでしょうか。それは、就農して最初の数年間の収入の低さが要因と考えられます。
下記は総務省のデータです。これによると新規就農者の就農・参入動機と、就農後のギャップが大きいことが伺えます。
新規参入者の就農理由については、経営面の理由が多いのですが、実際の農業をはじめてからの収入は、その下の表で表現されています。
- 「自ら経営の采配を振れるから」(3%)
- 「農業はやり方次第でもうかるから」(2%)
実際に生計が成り立つレベルには、至っていないということです。
このように、収入面の理想と現状のギャップが大きすぎて、農業を続けられないことがあるようです。
参考:総務省 農業労働力確保に関する行政評価・監視結果報告書
引用:総務省 農業労働力確保に関する行政指導・監視結果報告書 新規就農の促進対策
農業法人の実態
前章でも述べたように、個人事業主という形態だけでは人手不足の解消が難しいため、農業法人の参入を促進しています。
農林水産省によると、農業法人とは、稲作のような土地利用型農業をはじめ、施設園芸、畜産など、農業を営む法人の総称です。
農業の人手不足を解消するための、農林水産省の「農の雇用事業」は、農業法人が新規就農者に対して実施する研修を支援する事業です。
また、平成21年の農地法の改正により、異業種が農業に参入しやすくなりました。
下記の観点からの考察により、法人数、雇用者数ともに増加傾向であるものの、全体が減少していることから、今後さらなる促進が求められることが分かりました。
- 農業に参入している法人の数は増加
- 法人での雇用者数は増加
- 農家と法人を合わせた数は減少
農業に参入している法人の数は増加
農業に参入している法人の数は増加傾向にあります。
下記のグラフは、平成27年度までの法人経営体数の推移です。
参入する法人は増加傾向とみてとれます。
法人での雇用者数は増加
法人で雇用される雇用者(常雇い)も増加しています。
下記のグラフは、平成27年度までの雇用者数の推移です。
雇用者数が増加していることが増加していることが分かります。
農家と法人を合わせた数は減少
農家や法人組織などを合わせた農業経営体数は、減少傾向で推移しています。すなわち全体の農家参入数は減少しています。
下記のグラフは、農林水産省のデータで、農家と法人を合わせた全体の数の推移です。
減少していることが分かります。
法人の数は増えているものの、全体の数が増えていないことから、さらなる法人化の推進などの対策が必要になります。
参考:農林水産省 農の雇用事業
引用:農林水産省 農業経営の法人化の推進について
引用:農林水産省 農業経営体数等の動向
スマート農業の実態
人手不足の対応のもうひとつの目玉は、IT化です。
農林水産省では、農業は依然として人手に頼る作業や、熟練者でなければできない作業が多く、それらの省力化・負担の軽減への対応策として、ロボットやAI、IoTを活用する農業として、「スマート農業」を推進しています。
大ヒットドラマ「下町ロケット」でも無人農業ロボットが出て話題になりましたが、そんな世界が、現実のものになりつつあります。
技術は発展し、確かに農業において省力化や自動化などが実現できるようになってきています。
では、具体的にはどのような技術があり、どれだけ普及しているのでしょうか。
- スマート農業の技術は幅広い
- スマート農業の普及はまだ始まったばかり
スマート農業の技術は幅広い
一口にスマート農業といっても、その技術適応分野は幅広いものがあります。
農林水産省の資料を参考に、下記3つの分野に分類すると分かりやすいです。
1.作業の自動化
ロボットトラクタやスマホで操作する水田の水管理の活用など、作業を自動化し人手を省くもの
2.情報共有
位置情報や作業記録をデジタル化し、熟練者でなくても生産活動ができるようにするもの
3.データの活用
ドローンや衛星による気象データの活用により、農作物の生育を予測できるようにするもの
このように、多岐にわたる技術活用分野があります。
スマート農業の普及は始まったばかり
スマート農業のいくつかの技術は、既に効果を実証されており、ますますの浸透・普及が望まれますが、本格的な普及はまだこれからです。
なぜなら、導入に関して議論されている課題も多いからです。
国際大学グローバルコミュニケーションセンターの調査研究報告書(2019年)によると、農業現場のIT導入障壁として、下記が指摘されています。
「普段から、ITを活用している割合が少なく、ITそのものに関心がない」
「既に発売されている農業IT機器やサービスについての認知がない」
この調査報告書では、農業の他産業並みの「IT全般の普及」がスマート農業を普及させるうえで必要であると結論づけています。
このような実態から、スマート農業の普及はまだまだこれからであると言えます。
参考:農林水産省 スマート農業の展開について
参考:国際大学グローバルコミュニケーションセンター 農業のIT導入障壁の特定とIT化促進施策
これからの働く選択肢としての農業
食料自給率を上げるという、国の目標があります。
農林水産省によると、以下が目標です。
また、現状は下記です。
生産額ベースでは、今後10年で倍にしなければなりません。
尚、この目標は令和2年3月に閣議決定された食料・農業・農村基本計画で定められています。
我が国では、輸入に頼り続けるのは不確実性が高いため、食料自給率を上げることが重要です。
これからの農業の発展は、ますます重要度が高くなっていくことは間違いありません。働く意味として、これ以上ない意味があるのではないでしょうか。
また、これからも国から育成する産業として指定されることは、間違いありません。なぜなら、農業の人手不足を放置すると、食料自給率を高めるどころか、低下してしまうからです。
諸外国との関係性において輸入農産物が不安定になると、高い品物しか消費者は手にできない可能性もあります。
また求められる人材は農業熟練者ではなく、IT熟練者になる可能性もあります。
そのようなことから、現時点では農業に参入のハードルは高いものの、少しずつハードルが下がってくるものと予測します。また、農業技術とIT技術のバランスが重要になってくることから、求められる人材も変化することが予測されます。
総括:農業の人手不足は深刻
農業の人手不足は深刻です。国は食料自給率を高める目標値を掲げていることもあり、躍起になって解消しようとしています。
農地法を改正し、異業種から農業法人として参入できるようにして農業従事者を増やそうとしていますが、まだ増えていません。
民間企業を巻き込みながら農業のIT化をはじめとしたスマート農業の普及に力を入れていますが、農業従事者にみられるITリテラシーの低さや、職人的な仕事の進め方により、スマート農業の普及は、まだこれからです。
働く分野としては、社会的意義はとても高いため、気になる方はスマート農業の普及に注視しつつ、農林水産省の情報などをチェックしてみてはいかがでしょうか。